ぼちぼちいこか
AC長野パルセイロ・信濃グランセローズを中心に、スポーツいろいろ見聞録
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栃木遠征に行くんだったら・・・
まず最初に、現在ビッグハットで行われているアイススレッジホッケー世界選手権で、金曜日に行われる準決勝の日程が変わりました。
当初、プールA首位の日本の試合は14時からの第1試合に出場予定でしたが、17時半からの第2試合に変更となりました。(因みに対戦相手は予想通りエストニアに決定。)
やはり平日という事で、昼間の試合では観客が行きづらいところもあったようで、この変更はありがたいですね。
(っつーか、最初に日程決めた時点では日本が予選ラウンド首位通過すると思ってなかったんだろうか・・・)

そんな訳で、金曜日は仕事帰りに是非ともビッグハットへ足を運んで日本代表を応援してください!
あと、会場に行かれない方でスカパー!を契約している方は、BSスカパー!(BS241ch)とスカチャン5(585ch・185ch)で、金曜日の準決勝・土曜日の3位決定戦と決勝戦の3試合を生中継するようなので、テレビの向こうから応援お願いします!

という事でアイススレッジホッケー世界選手権はまだまだ続くけど、今日は日本の試合が無いので、話題をパルセイロ関連に戻しましょう。

開幕戦を苦労しながらもめでたく勝利して幸先のよいスタートを切ったパルセイロの次なる試合は、栃木県栃木市での栃木ウーヴァFC戦。
ここは長野ICから北関東道経由で2時間前後と、アウェイの中では比較的近い場所にあるため、きっと遠征に行かれる方も多いだろう。

この会場である栃木市総合運動公園陸上競技場は東北道の栃木ICからすぐの場所にあるが、そこからほんの少し足を延ばした栃木市街地には、ただ試合を見て引き返すだけではもったいないくらいの、趣のある古い町並みが残っているのをご存知だろうか?

試合のついでにちょっと足を延ばしてこういった観光地を回るのもアウェイ遠征の醍醐味の一つだし、今回は栃木遠征の“プチ・オブショナルツアー”として、自分が去年の栃木遠征の際に立ち寄ってきた市内の観光スポットをご紹介したいと思います。

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栃木市は、江戸時代には利根川の支流・巴波(うずま)川を利用した水運で栄え、明治時代の廃藩置県からの一時期はその名の通り栃木県庁が置かれた、『北関東の小江戸』とも呼ばれる由緒ある街で、今も巴波川に沿って様々な歴史的建造物が建っていますが、その中でもメインとなる幸来(こうらい)橋周辺には重厚な蔵造りの建物が並び、船頭さんが棹差す遊覧船も出ていて風情満点。
ちなみにこの建物はかつての木材回漕問屋で、今は『塚田歴史伝説館』という資料館になっています。
去年のアウェイ栃木戦は5月6日とゴールデンウィーク期間中だったため、川には小さな鯉のぼりがたくさん泳いでおり、とても華やかな雰囲気でした。
(あの時は試合途中の突然の猛嵐と雷雨でノーゲームになったけど、午前中は写真のようにとても穏やかな天気でした。)

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こちらは1枚目の写真の場所から巴波川を少しさかのぼった場所にある、かつての麻問屋だった『横山郷土館』で、石造りの重厚な蔵が特長。
栃木県は“大谷石”や“深岩石(鹿沼石)”といった石材が特産なため、農家や豪商の蔵も一般的な白い土壁の“土蔵”ではなくこのような“石蔵”がよく見られ、自分の中ではこの石蔵を見ると「栃木に来たな・・・」という気分になります。

上の2枚の写真の間の巴波川周辺がだいたいの散策コースで、川沿いの小路にはいい感じの古い建物がたくさんあってとても風情がありますが、時間に余裕があれば、少し足を延ばして日光例弊使街道に行くのもオススメします。
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かつての街道沿いに重厚な蔵造りの建物が立ち並び、江戸時代の賑わいがしのばれるこの通り。
ここは観光のメインスポットからは少し離れた場所にあるので、人通りも少なくて落ち着いた雰囲気があり、巴波川沿いの華やかな雰囲気もいいけど、個人的にはコチラの雰囲気がとても気に入りました。
なお、この通りのメイン観光施設である『岡田記念館』の駐車場には、栃木ウーヴァ支援の飲料自販機があるので、歩き疲れた時の飲み物はココで買ってあげましょう!
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それから、知る人ぞ知る栃木市限定のB級グルメとして、『じゃがいも入り焼きそば』もおススメです。
(コレは残念ながら写真ナシ。。。)
焼きそばにじゃがいもなんて普通は考えられない組み合わせだと思ったけど、食べてみてビックリ!
これは全然“アリ”ですよ・・・っつーか、「何で今まで焼きそばにじゃがいも入れなかったんだろう・・・?」ってくらい。
焼きそばのソースにじゃがいものホクホクが絶妙にマッチしてとても美味いし、じゃがいものおかげでボリュームも増えて普通の焼きそばより“食った!”感があり、コレだけでラーメンなどと同じ主食として十分にイケます。
ちなみに我々にとってはとても珍しい食べ物だけど、今流行の地域起こしのための創作B級グルメではなく昔から存在する地域に根ざした料理で、栃木市民にとっては「焼きそばにはじゃがいもが入っているのが普通」だそうです。(自分が食べた焼きそば屋のおかみさん談)

これ、ウーヴァの試合会場でも売ってくれたら、きっとアウェイの観客にウケると思うのにな~・・・・

以上、栃木市の観光スポット案内でした。
これらの場所には、市街地にある有料駐車場にクルマを停めて行く事になりますが、そこの駐車場に置いてあるパンフレットを仕入れていくのがいいでしょう。

巴波川沿いのスポットなら、遊覧船や資料館などを利用せず散策するだけなら1時間もあればゆっくり回れる距離だし、もしマイカーでの遠征だったらただ試合を見て引き返すだけじゃなく、少し早めに長野を発って試合の前に、または試合後にちょっと寄り道して、アウェイの街の魅力に触れてみてはいかがでしょう?
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被災地を歩く2012~七ヶ浜スタジアム界隈編~
先週8月18日の昼過ぎ、JFLの試合会場である七ヶ浜町で海沿いの被災状況を見た後、坂道を15分ほど歩いて七ヶ浜サッカースタジアムに到着したが、意外と早く着いてしまい開場時間まではもう少々時間があったので、スタジアムを横目に通り過ぎて周辺を歩いてみる事にした。

まず最初に目に飛び込んできたのは、日曜日の“蔵出し”の1枚目の写真にもあった瓦礫の山。
この山は約1.5km離れた海岸沿いからも見る事ができ、「あの瓦礫置き場にはどうやって行くのだろう?」と思っていたが、まさかスタジアムのすぐ後ろの段にあるとは思わなかった。
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上の写真はスタジアムのスタンドから見えた山を同じレベルから見たものだが、手前のグランドにあるプレハブ小屋やサッカーゴール、そして傍で作業している重機などと比べると、その規模が分かると思う。
そしてこのような山は1つだけではなく、奥の方に同じような塊がいくつも見受けられた。

現在、このような瓦礫を処理するために地元だけでなく他地域の自治体への広域処理を政府が要請しているが、どの自治体も及び腰になってなかなか受け入れを表明するところが無く、また受け入れようとすると一部住民の激しい反対運動が起きて話が立ち消えになってしまうケースが続いている。
しかし、そんな人達は是非とも現地に行って、このような光景を直に見て欲しいものだ。
受け入れ反対の理由として、よく安全性について言われるが、それは福島第一原発事故での放射能による汚染を心配しているのだろうか?
そうだとしたらおかしな話だ。あの原発から七ヶ浜など宮城県の沿岸部までは直線距離で茨城県水戸市や栃木県宇都宮市などと同じで、水戸や宇都宮で出たゴミが放射能に汚染されて焼却できないなんて話は聞いた事がないし、もとより今のダメダメ政府だって放射能に汚染された瓦礫まで受け入れをお願いするほど無知無能ではない。
これだけの瓦礫だって、関東や中部の各自治体が協力して少しずつ受け入れていけば、全てとはいかないまでもかなりの量の瓦礫が処理できるはずだ。
数ヶ月前に長野県の議会だったか首長会議だったかで、瓦礫受入に対して何とも腰抜けな決議がなされたが、あのニュースを聞いた時は自分は心底ガッカリしたものだ。
実際には現地からの運搬費や受入施設の能力など幾つかのハードルはあると思うが、自治体や受け入れ反対を叫ぶ人達は変な風評や憶測に踊らされる事なく、もっと日本中がこの問題を真剣に考えて行動を起こして欲しいものだ。

・・・話がちょっと逸れてしまった。こういった政治的な話がネット上でこじれると厄介な事になるので、これくらいにして話を元に戻そう。

さて、ここからもう少し歩くと中学校と小学校が並んで建っており、そのうち中学校の第二校庭には仮設住宅が立ち並んでいた。
瓦礫の山やコンクリート土台だけの家の跡と共に、震災を象徴する光景に目を奪われてしまう。
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さらに中学校の体育館には、外壁が倒壊する恐れがあるので注意を促す貼り紙があったり、立派な校舎は地震の影響で使用できないらしく校庭にプレハブの仮設校舎が建っているなど、この界隈は高台で津波の直接的な被害は無かったものの、地震の揺れによる被害は相当なものがあったようだ。
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ただ、小学校の校庭では少年野球の子供達がコーチに怒鳴られながら一生懸命練習に打ち込んでいる姿があったし、部活の帰りであろうジャージ姿の女子中学生が、リュックを背負いカメラを肩に掛けて汗でヨレヨレの格好で歩いている見ず知らずのオヤジ(←ワタクシの事です・・・)にも「こんにちは!」と元気な挨拶をかけてくれたりと、この街の未来を担う若い子たちが明るく一生懸命頑張っている姿に少し元気をもらえたような気がした。

最後に、七ヶ浜サッカースタジアムの関係者入口にあった貼り紙を掲載しよう。
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七ヶ浜を始め、被災された方々は今なお我々に比べると大変な生活をされていると思うけど、どうかこの貼り紙の通り前を向いて頑張って力強く、でもあまり頑張りすぎないで、常に明るく希望を持って歩いていって欲しいと願っている。

そんな訳で、これで自分が見てきた被災地のレポを終わるが、ちょっと気が早いけど、もし来年も宮城遠征に行けるようなら、試合会場はどこであれ是非とも七ヶ浜町を再訪して今回と同じコースを歩いてみたいし、時間が許せば宮城県の代表的被災地である石巻まで足を延ばしてみたい。

そして、「あれからこんなに復興が進みました!」という明るいレポをこのブログに載せる事ができると信じている。
被災地を歩く2012~七ヶ浜町海沿い編~
多賀城市の被災地再訪を済ませ、昼過ぎにソニー仙台工場前のバス停から路線バスに乗って、JFLの試合会場がある七ヶ浜町へ。
ただし、このバスに乗ってスタジアムに直行しても時間が余るので、最寄のバス停(といってもそこからスタジアムまで歩いて15分くらいかかるのだが・・・)を通り越し、小奇麗な新興住宅地の中を走る。
この辺りは“汐見台”という地名の通り、海岸沿いより一段高い場所にあるため、少なくとも津波による直接の被害は免れていたようで、とてもよく整備された美しい町並みでバスの中からは建物や道路の破損、瓦礫などの震災に絡むものは見当たらなかった。

そしてバスは、そんな住宅街を抜けて坂を下り、海の近くの終点・菖蒲田で止まった。

と、バスを降りてすぐに目に飛び込んできたのが、小川を渡る道路が寸断されている光景。
ここから海の方を見ると、防波堤の一部分が土嚢で応急処置されている箇所があり、おそらく小川が海に注ぎ込む地点の防波堤が構造的に他より弱かった地点が破壊され、波の勢いでこの道路に架かる小さな橋を周囲の地面もろとも持っていってしまったのだろう。
上に乗るべき橋桁が無くなった橋台と、かつては道路の一部だった場所にポツンと取り残されたように立っているマンホールが痛々しい。
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次に上の写真を撮った位置から振り返ってふと見上げると、頭上にかかっていた道路案内の看板に結構太い木の枝が引っかかっているのを見つけて思わず声を上げてしまった。
という事は、津波はこの看板の高さまで達した事になる訳で、改めて想像を絶する津波の規模と威力に恐れ入ってしまう。
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そしてこの海沿いの道路を少し歩くと、建物の上屋がそっくり無くなりコンクリートの土台だけが残っている光景に出くわした。
帰宅してネットの地図や航空写真で確認したところ、この辺りには民宿や商店など結構な数の建物が軒を連ねていたようだが、それらは根こそぎ流されて上屋は全滅。辛うじて写真のような土台や門柱だけが、かつてここに家があった事を教えてくれた。
このような光景は福島の浜通りや三陸地方の沿岸部ではよく見られ、テレビの被災地を訪問するドキュメンタリーや旅番組では度々紹介されてきたが、こうして実際に現地に行って目の当たりにすると本当に胸が詰まるものだ。
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こうして海沿いの被災状況を見てきて、ぼちぼちスタジアムへ向かう時間となったが、その前に堤防を越えて浜へ出てみた。
するとそこには広くきれいな砂浜が広がり、海のレジャーを楽しむ人の姿もちらほら見られるなど、どこまでもノンビリと平和な光景があった。
こんなきれいで穏やかな海が、数え切れない人やクルマや建物を流し、呑み込んでしまうほど荒れ狂ってしまったなんて、にわかには信じられない。
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それから、海からスタジアムに向かうまでの道中での事。
この道沿いは両側に数件の家と共に広大な畑や田んぼがあったのだが、それらも全て津波に流されて跡形も無い荒れ野原となり、数台の重機が復旧作業に追われていた。
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写真の奥の並木の向こうが海で、手前には瓦礫の山も見受けられる。
で、工事現場にどんな復旧作業を行っているかの説明看板があったのだが、それを読んで唸ってしまった。

農地の被害といえば、海の水が入り込んだ事による土壌の塩害が主な問題になっているが、どうもそれだけではないらしい。
農地に瓦礫が混ざり込み、そのままでは耕しても土の中がゴミだらけで作物を植えるどころではなく、それらの瓦礫入りの土を掘り起こして大きな“ふるい”にかけ異物を取り除くという、広い農地を思うと気が遠くなるような地道な作業が必要との事だ。

表面にある瓦礫を取り除いてしまえば、田畑の被災状況は宅地や道路に比べると視覚的なインパクトには乏しく見過ごされがちであるが、その復旧には宅地や道路などより多くの時間と労力が必要な部分もあるという事を、今回ここに来て見て初めて知る事ができた。

そんな訳で、色々な思いを持って坂を上りスタジアムに着いたのであるが、その界隈にも被災の光景が多く見られたので、一両日中に“第3弾”としてアップしたいと思います。
被災地を歩く2012~多賀城再訪編~
今回の宮城遠征、その主目的はもちろんパルセイロだったのだが、それと同じくらい大きな目的だったのが、去年の宮城行きの際に訪問した多賀城市の被災地を再訪し、目の当たりにした光景がどうなったのかを確認する事だった。

この目的のために試合会場に入るまでの時間をなるべく多く確保するべく、金曜日の夜に長野を発つ夜行バスで東京・上野駅まで行き、そこから東北新幹線に乗って朝8時過ぎに仙台入り。
そして去年と同じくJR仙石(せんせき)線に乗り換えて、まずは多賀城を通り過ぎて終点の高城町駅と一つ前の松島海岸駅を訪れた。

この仙石線は読んで字のごとく仙台と石巻を結ぶ路線で、県都・仙台市と県内主要都市の一つである石巻市を結ぶメインルートだったのだが、先の震災で仙台からの電車は途中の高城町までで運休となっており、その先へは松島海岸駅から代行バスに乗り換えねばならず、超有名観光地・松島の玄関駅としての華やかさとは裏腹な代行バスのりばの案内看板が、妙にリアルに震災の事を語っているようだった。
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そんな松島海岸駅から目と鼻の先の海岸線へ歩いて、岸から見える島を愛でたり観光遊覧船の発着光景を楽しんだり松島の象徴ともいえる瑞巌寺の五大堂をお参りするなどのプチ観光の後、来た道を引き返していよいよ多賀城へ。
ここから先は、去年の訪問時の記事を頭に入れてから読み進める事をお勧めします。

1年1ヶ月ぶりに見る懐かしい光景が広がる駅前から、あの時の記憶を頼りに仙台港方面へ歩き出すと、当時はまだ壊れていて警察官の手信号に頼っていた交差点の信号機は最新のLED式に変わってきちんと作動していたし、全面亀裂だらけで傾きかけていたビルは取り壊され、跡地は月極の駐車場になっていた。
また、ソニー仙台工場の近所にあった津波による土砂の流入で閉鎖されていた小さな公園は、押し潰された遊具も新しくなっており、小さな子供がお母さんに見守られて滑り台で遊んでいる姿が見られた。
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まぁ、これらの復興ぶりは街がしっかり機能していれば当然の変化であり、自分もある程度の予想はついていた。
ただ、去年の記事の最後の写真にあったお手製の『がんばろう!』の貼り紙があった店で、その貼り紙が取り外され普通に営業を続けていたのはちょっと嬉しかった。
まだまだ街のあちこちに『がんばろう』の看板は目に付くが、こうして店の人が独自に作ったと思われる看板が取り外されたという事は、とりあえずその店の界隈では『がんばろう』のスローガンが不要な平穏な日常が戻ってきた事を意味するのだと思うのである。

そして、今回の多賀城再訪で一番気にかけていた事。
それは、去年の記事で店舗休業の貼り紙を紹介させていただいたあの店がどうなっているかという事。

ここで改めてその貼り紙の内容を掲載させていただく。

『この度の東日本大震災により○○(店の名前)は休業させて頂いております。
只今お客様との再会とお店の再開に向け取り組んでおります。
もうしばらく掛かりそうですが、お待ち頂けたら幸いです。
○○スタッフ一同』

この内容には、ベニヤ板とブルーシートで塞がれボロボロになっていた店構えと共に深く自分の心の中に残っており、震災関連のニュースを見るたびに「あの店は無事に再開できているのだろうか・・・」と心配していたのだが、記憶をたどってその店のあった辺りに来ると、瀟洒な構えのケーキ屋さんが営業していた。
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店の看板を確認すると、あの貼り紙に書かれていた店名と一緒。
あれから1年あまり、この店は廃業する事も他所へ移る事も無く、貼り紙に書かれていた約束通り、元の場所で真新しい店舗で営業を再開していたのだ。
別に自分はこの店に何の縁もないけど、今回この事を確認できて本当に嬉しかった。

ただし、これで多賀城界隈が完全に復興したと喜んではいられない。
ソニー仙台工場手前の大通りの向こうにふと目をやると、公共施設の駐車場だったスペースに、津波で流されたと思しきクルマの廃車体がうず高く積まれていたのだ。
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え~っ、こんなの去年からあったっけ?
あの時はとにかくすぐ目の前にあった被災状況に気を取られ、4車線プラス中央分離帯の広い産業道路の向こう側まで目が届かなかったので、順調に復興が進んでいると喜んで撤収しようとした最後にこの光景を見せ付けられてショックを受けた。

そんなこんなで多賀城での予定は全て終わり、ちょうど昼時だったのでこの廃車体置き場のすぐ近くにある食堂で昼食を摂ったのだが、その店先に出ていた幟旗がイカしていた。
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『負けてたまるか! 福幸応援 宮城県中華料理組合』

これまでは『がんばろう』のスローガンの下、早く普通の暮らしに戻れるように援助の手を借りながら遮二無二がんばってきたのだと思うが、あれから1年以上が経過して暮らしや心に余裕が出てきたか、今度は自分達が中心になって我が街を元気にしていこう! という気概にあふれた内容だ。
“復興”という言葉に“福”と“幸”の文字をあてるとはベタな語呂合わせだが、単なる街の“復興”から一歩進んで心の“福幸”に向けて歩み出そうという姿勢がうかがえる、なんだか元気が出てきそうな実にナイスな幟旗だった。

ちなみにこの食堂はソニー仙台工場のお膝元にあるためか、店の中にはソニー仙台FCのポスターと選手達の寄せ書き色紙が飾られていた。
JFLの“北の門番”として名高い老舗企業チームが、今も地元の人達に愛され続けていると実感して、食後のお冷を飲みながら「あー、この食堂に入って正解だった・・・」としみじみ思った次第である。

そして、多賀城市よりも更に海沿いにあり被害規模も大きかった七ヶ浜町の現状は、またまとまり次第アップしたいと思います。
被災地を歩く
今回の仙台遠征はもちろんサッカー観戦が最大の目的だったが、先の東日本大震災の被災地をこの目で直に見てみたいという思いもあった。

とはいえ日帰りで昼過ぎまでにユアスタに行かなけばならないという時間的制約があったが、何とか時刻表で当たりをつけ、同じ日に仙台で行われたプロ野球オールスター戦に向かう、贔屓球団のユニホームやグッズを身に付けたファン達と共に仙石線に乗って、ソニー仙台の事業所がある多賀城まで行ってみた。

あれから4ヶ月が経ってパッと見は平穏を取り戻しているものの、まだ屋根がブルーシートで覆われていたり壁に補修の足場を組んでいる家が所々に見られる中を約15分ほど走って多賀城駅に着くと、当てはないもののとりあえず仙台港方面へ歩いてみる。

と、最初に目撃したのは、信号の消えた交差点で警官が手信号で車をさばいていた、震災直後にニュースで見たような光景だ。
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この信号機は壊れたままなのか、それとも節電対策なのかは分からないが、交通量の多い主要道路ではない比較的小さな交差点は、自分が見たものは全て手信号だった。

この交差点を過ぎてしばらく歩くと、壁に大きなひびが入り、1階から屋上までネットで覆われたビルがあって思わず息を飲む。
もちろん中に入っていたテナントは全て撤収してモヌケの空だった。
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やがて片側2車線の大きなバイパス道路に出て、その交差点を左折するとソニー仙台の大きな工場が見え、道沿いに“災害時一時避難場所”に指定されている小さな公園があったが、その入口にはロープが張られ、看板の下には『今回の津波により公園内に土砂が堆積したため、土砂の入替をするまでの間、閉鎖とします』という注意書きが。
そして中を見ると、滑り台がひしゃげて倒れており、帰宅してから地図で調べると海岸線まではまだ結構な距離があったのに、津波の威力を見せ付けられた感じだ。
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また、この公園の近くには玄関が壊れてブルーシートで塞がれている店があったが、そこにあった貼り紙を見て胸が締め付けられた。

『この度の東日本大震災により○○(店の名前)は休業させて頂いております。
只今お客様との再会とお店の再開に向け取り組んでおります。
もうしばらく掛かりそうですが、お待ち頂けたら幸いです。
○○スタッフ一同』

・・・ただただ「頑張れ!」と言うしかないです。

ただ、そんな辛いものばかりではなく、同じくソニー仙台工場の近くのコンビニにはこんな力強い貼り紙もあった。
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『3.11より2ヶ月・・・
震災を乗り越えた皆様へ
セブンイレブン多賀城桜木店、復興へ向け再びオープンしました!!』

この他にもあちこちに『頑張ろう多賀城』の手作り貼り紙を見かけた。
『頑張ろう』の言葉は日本中に見られるが、実際に現地でこの文字を見ると、貼り紙を作った人の切実な気持ちや復興に向けた強い覚悟が伝わってくるようで、一文字一文字に重みを感じる。
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今回これらの写真を撮るに当たり、よそ者が物見遊山の野次馬風情で一眼レフを構えているのを見て地元の方が気を悪くしないかと躊躇したが、マスコミが報じなくなった被災地の現状を少しでも伝えられたらとの思いから、このような行動をとらせていただいた。

といっても、多賀城での滞在時間は僅か40分ほどと、こんなエラそうな事を言うのが恥ずかしいくらいの短さで、表面のほんの一部分に触れたか触れないかくらいのものでしかないが、それでも自分としてはとても有意義な体験だった。

比較的被害が少なかったと思われる多賀城でも、少し歩いただけでこれだけ目に付く事があったのだから、三陸沿岸の街などは今でも本当に大変だろう。
自分はボランティアツアーに参加するような殊勝な事はできないが、この体験を忘れる事なく、これからも積極的に募金に協力するなど自分が出来る範囲で東北復興の一助になれればと痛感した。
恒例・中国小ネタ集~青島空港お土産編~
どーもです。
実は先週1週間、またしても中国へ出張に行ってまいりました。

で、このブログで中国出張といえば小ネタ集。
そして中国の小ネタといえば、今やこのブログではパルセイロ・グランセローズに次ぐ登場回数で、もはや“準レギュラー”(?)となった青島国際空港国際線出発ロビー!

今回は、そこで売られているお土産品の中から小ネタを見つけちゃいました!

【 その1 】
ロビーの一番端っこにあってあまり客が多くない売店の、そのまた端っこにひっそりと売られていたシロモノ。
まずは下の写真を見てください。
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これはビニール製の小さな人形で、ウルトラマンやらスパイダーマンやらのび太くんやらガイコツやら仮面ライダーに出てくるショッカーみたいなのやら・・・とにかく種々雑多なんの脈絡も無く様々な人形が吊るされている。

しかしよ~く見てみると、どれもちょっと容姿がヘンだ。

みんな下膨れの輪郭で、鼻先が妙に高く、その先端にちょこんと小さなダンゴ鼻。
そして、頭の上にはなんか丸い耳のようなモンが付いている。

実はコレ、みんな原型は右端のピンク色のクマさんの人形なのだ。

このクマさんの体を黄色くして赤いベストを着せた“プーさん”の人形もあり、そこまでは全然問題ないのだが(って、当然ライセンスにうるさいアチラさんの許可は得ていないと思うので、この時点で問題はあると思うのだが・・・)、製作者が何をどう血迷って暴走したか、写真のごとくクマさんの容姿に様々なキャラクターをペイントして、こんな妙チクリンな人形が出来上がってしまった。

写真には無いが、この他にもドラえもんや『トイストーリー』に出てくる三つ目のエイリアンもあり、当然これらも容姿は全て同じ。

これを見ていると、中国お得意の“パチモン産業”のしたたかな商売根性がひしひしと感じられるが、これから日本や韓国に帰る(現地から見れば)外国人相手に、こんなん果たして売れるんでしょうか・・・?

【 その2 】
次は中国土産の定番中の定番であるパンダをかたどったお菓子。

とにかく中国といって真っ先に思い浮かべるのがパンダであり、外国人がターゲットの免税品店でもパンダをモチーフにしたチョコやビスケットなどが沢山売られていた。

動物界にグッドデザイン賞があれば間違いなくグランプリを獲得するであろうというくらいの愛らしい容姿で、普通は誰がどう描いても可愛らしくなるものだが、そんな中、箱にある窓を通して中の商品が見える一つのクッキーに目が留まり、思わずシャッターを押した。
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・・・・なんか目つきが悪いし。。。

それに耳もタレてるし、口元も日本の元首相(何て名前だったっけ?)並みに曲がっていて全体的に態度が悪く、何となくこのパンダに「買わんかい、オラッ!!」と脅迫されてるように感じてしまう。

えーえー、当然その場で買っちゃいましたよ!
これだけこのパンダさんに脅されりゃ、買わない訳にはいかないでしょ・・・

【 おまけ 】
前回の中国出張時に、ヘンな日本語の送り仮名と、それを力ワザで修正してある看板の小ネタ記事を覚えておいでだろうか?

あれから2ヵ月後の今回も、またあの看板を見て笑ってやろうと期待して現場に行ってみたのだが・・・
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な、な、無い!!
アノ看板が貼ってあった店の間の柱は、看板が撤去されて元の白い地肌が出ているだけだ・・・

う~ん、さては店のヤツらめ、このブログ読んで慌てて撤去したな!!(←んな訳ねーだろ!!!)
長過ぎる!!!!
今日はスポーツとは全く関係の無いお話。

長野市の老舗菓子メーカーである二葉堂が、非常にトンデモないケーキを出しよった。

よく店を利用する、いわゆる『上得意様』向けに出した限定予約ケーキ。

そのチラシに載っていた写真を見て、あまりのアホさ加減に大笑いし、思わず注文してしまったのだが、今日が引き取り日という事で、受け取ってまいりました。

そのアホみたいなケーキの全容がコレだ!!
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その名も、『長過ぎるベリーロール』!!

その全長50センチ! 上に載っているイチゴスライスの数24個!!
縦にして手前にピントを合わせて写真を撮ると後ろがボケてしまうくらい、とにかく箱もケーキも恐ろしく長ぁ~~~いシロモノ。

チラシの写真を見てある程度の覚悟(←なんの覚悟だ!?)はできていたが、実際に受け取ってきて箱を開け実物を見たら、そのバカバカしさにまたしても大笑いしてしまった。

さて、これをいざ食べようとしても、ウチはオカンと2人きりなので一度に食べきれるハズはなく、近所に住んでいる甥っ子(小学2年生)とその母親(自分の妹)を呼んで4人で勝負を挑んだのだが、自分が思い切ってイチゴ5切れ分を取り、食べ盛りの甥っ子が4切れ分、女性陣がそれぞれ2切れ分を取って、残った分の長さをメジャーで測ってみたら、25センチでちょうど半分しか減らなかった。
(しかし、ケーキの残り分をメジャーで測るという行為自体どーなのよ。。。)

そして肝心の味の方は、やはり有名老舗メーカーだけあって、クリームもほどよい甘さでスポンジもしっとりしており美味しかったのだが、なにせ量が多くて胃もたれしそうで、残りの半分を目の前におかわりできずギブアップ。

う~ん、恐るべしベリーロール。 商品名通りマジで長過ぎる。。。

この前代未聞の企画品、自分が店に受け取りに行った時も、あの長ぁ~~い箱を持って帰るお客さんが3~4人はいたのだが、あの人達もきっとチラシの写真のバカさ加減に思わず注文しちゃったんでしょうね。

結局、「してやったり」の二葉堂サンだった訳だが、この調子でまた第2弾も出してくれないかな?

例えば、『長過ぎる栗ようかん』とか、『太過ぎるロールケーキ』とか、『穴がデカ過ぎるバームクーヘン』とか・・・・(←最後のヤツはダメでしょう!!)
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