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ぼちぼちいこか
AC長野パルセイロ・信濃グランセローズを中心に、スポーツいろいろ見聞録
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さらば、最後のエルザ戦士達
今回の退団発表のリストに長野エルザSCを知る最後の選手2名も含まれており、1つの時代が終わったと非常に感慨深かった。

#6塚本翔平選手と、#9佐藤大典選手。
長野エルザ時代からの最後の生え抜き2選手が、6年間の活動を経て、遂に契約満了となった。

それにしても、Jリーグ昇格を目指し、チームのレベルアップのために選手の入れ替わりが激しい“物好きクラブ”の中にあっては、6年という実働期間は異例の長さではないかと思うが、これもパルセイロというクラブだからこそ実現できた事だろう。

2人が入団した2006年は、監督が小湊隆延氏(現トップチームコーチ)から佐藤実氏に変わり、更にシーズン途中にイラン等の代表監督も務めたバルディエール・バドゥ・ビエイラ氏が就任。
また、クラブ史上初めてユニホームの胸にスポンサー(AOKI)が付き、試合観戦の有料化を始める等、クラブがJ昇格に向けて本腰を入れた変革の年だ。

また戦場である北信越リーグを見てみると、金沢SCがツエーゲン金沢と名を変えて昇格レースに名乗りをあげ、前年度に2部で優勝した松本山雅FCが1部に上がって来て、既存勢力のJSCも含めた4強による、“ムダに熱い”と全国から注目を集めるような熾烈な戦国時代に突入した年だった。

そんな激動の北信越リーグを走り抜き、数々の修羅場をくぐり抜け、晴れてJFLのエンブレムが付いたユニホームを着て戦う彼らの存在は、自分にとって心の支えだったし、エルザ時代を知るオールドファンのほとんども同じ思いじゃないだろうか。

そういった意味でも彼らの退団は本当に残念でならないが、これも時代の流れとして仕方のないところもあるのだろう。

今回の発表を受けて、自分の過去の写真データを見返してみたら、6年前の入団した年の写真が出てきたので、ご本人達にはちょっと恥ずかしいと思うけど、その初々しい写真と共に2人の功績を振り返ってみたい。
(お二方、勝手に若い頃の写真を使って申し訳ないです。。。)

#6 塚本翔平選手
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中京大学から新卒でエルザに入団した塚本選手。
この年は、小田竜也・土屋真・小原雅貴ら新卒ルーキーの当たり年だったが、そんな“新卒カルテット”の中では、翔平は個人的には最も地味な存在に見えた。(翔平、大変失礼!)
でも、ボランチで黙々と相手の攻撃を止める職人的なプレーや、時折見せる鋭い攻撃参加から放たれる“ドッカン”ミドルシュートが目を引き、自分は密かに“必殺!仕事人”と呼んで応援していた。
あれから同期のメンバーが次々とチームを去っていく中、こうやってJFLに上がってもチームに残れた事は本人の努力の賜物であり、本当に賞賛に値する。
今年はリーグ戦は春先にスタメン1試合と途中出場2試合だけと、残念ながらほとんど出番が無くなってしまったが、出場した試合ではしっかりと存在感を出していたし、ベンチに入れない時も裏方としてもチーム在籍歴最長の彼から率先して働いており、若手にとっても良きお手本となっただろう。

#9 佐藤大典選手
s-写真00035
s-写真00100
完全なアマチュア選手で占められていたエルザに、Jリーグのクラブから初めて入団した選手が大典だ。
それまでの選手達も、魅力的なパスサッカーを展開するとても誇れる面々だったのだが、やはり“元Jリーガー”の肩書きを持つ大典はとてもまぶしく見えたし、実際のプレーも、“韋駄天”と呼ぶにふさわしいスピード感溢れるドリブルや、周囲をよく見渡し効果的なパスを出せるセンスや、鋭いシュート力など、まさにあの頃のエルザの“顔”として大活躍だったし、その朴訥でひたむきな性格にも好感が持てた。
その後、チームにも色々と有能な選手がやって来たが、トップ下に大典がいるといないとでは攻撃全体の質が全く違うといっていいくらい、その存在はとても大きかった。
苦労に苦労を重ねて昇格したJFL初年度の今年は開幕前の怪我で出遅れたものの、復帰したアウェイ・Honda戦から「さすが」と思わせるナイスプレーを見せ、全盛期のような得点に絡む場面を作り出すプレーは無くなったものの、与えられたポジションでしっかりと自分の仕事をこなすところに、彼の実力の高さと実直な性格が垣間見られ、「やっぱり大典は大典だ」と唸らされたものだ。

今回、翔平と大典の退団でエルザ時代を知る選手がいなくなって一抹の寂しさもあるが、クラブ創立当時から受け継がれる“エルザ魂”は決して絶える事は無いと確信している。

クラブの名前は“長野エルザSC”から“AC長野パルセイロ”に変わり、選手の力もプレーの質も格段に向上したけど、クラブの理念やチームの戦い振り等、根っこの部分は自分がエルザを見始めた当時から現在まで全くブレておらず、今年のチームの戦い振りを見ていると、個人的には初めてエルザの試合を見た年のドキドキ・ワクワク感と同じものを感じるんである。

パルセイロのエンブレムに描かれている“エルザ・ライオン”と“Since 1990”(長野エルザの設立年)の文字は、決してカッコつけではないという事を今年は改めて実感する事ができた。
そして、そんな素晴らしいクラブの最も大変な時期を支え、悲願だったJFL昇格を実現してくれた2人には感謝に絶えないし、このクラブの象徴として大変誇りに思う。

今後はどのような道を歩むのだろうか?
実直で誰からも愛される2人なら、育成やジュニアユースのコーチは適任だと思うし、このままクラブに残ってほしい気持ちもあるが、現役を引退してしまうのは非常にもったいないので、選手としてもう一花咲かせてほしいとも思う。

いずれにしても、昨日・一昨日の記事の繰り返しになるが、自分の悔いが残らないような道を歩み続けてほしいと願っている。

改めて、塚本翔平選手、佐藤大典選手、6年間という長い間、本当にお疲れさまでした。
そして、本当に本当にありがとうございました!!
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